2000年4月11日
ニューヨークタイムズ

事故機の過去には国防総省と議会の対決があった

ティム・ワイナー
ワシントン、4月10日
V22オスプレーは制止されなかった軍事計画の古典的な例であった。19人の海兵隊員の死者を出した土曜の夜のアリゾナにおけるオスプレーの墜落事故は、何年もの国防総省内部の同機の建造に反対する議論と、370億ドルを費やした同計画を擁護する何年間にもわたる議会の抵抗の末にやってきた。
ヘリコプターのように離着陸し、飛行機のように航行するハイブリッドなオスプレーの最初の5機を、軍は6ヶ月前、安全性とコストについての疑問を残したまま飛行させた。
国防総省の高官たちはコストがかかりすぎること、まだ実験段階であることを理由に11年前にこの計画を中止させようとしていた。しかし議会は拒絶した。その後4年にわたって国防総省はオスプレーをとめようと議会と対決を続ける。
1992年に海軍長官ジーン・オキーフは上院国防委員会で、議会が3機の試験機を建造するために割り当てた7億9千万ドルの予算を国防総省は使わないだろうと発言した。「V22は一部の要件を充たさない。技術的に不可能なのだ」とオキーフ氏は述べた。
しかしまたしても議会は試験によって実証されてもいないのに同機は潜在的な技術の驚異であると主張して国防総省に戦いを挑んだのだ。
「技術という革命的な概念が議員達の想像力を刺激し、業界がこれを加速したのだ」とオキーフ氏は今日のインタビューで話した。
海兵隊の司令官達は同機をとても欲しがっていた。ベトナム戦争期のチヌーク・ヘリコプターにとってかわる機材がなく、最新の陸軍のヘリコプターでさえ海兵隊の任務の遂行にはふさわしくないと主張していた。
議会のメンバー達はV22は商業的にも大きな潜在力を持っていると考えている。その建造によって全国的に何百というハイテクの雇用を創造することができる。海兵隊出身者を含む議会の主要なメンバーがこれを推し進めた。
同計画の強力な推進者であるペンシルベニア選出共和党下院議員カート・ウェルドン氏は同機に対する批判に粗雑な罵倒で答えた。
「この計画にけちをつける連中は、自分が何をしゃべっているか分かっちゃいない。技術的な問題があるというのなら、私はそうは思わないが、見せてもらおうじゃないか」と彼はあるインタビューで話している。
長年にわたって軍事航空問題専門の議会側近で、昨年引退したバート・クーパー氏は前回の試験機の墜落について、「この2回の墜落だけでは(この飛行機について)何も言えない。」しかし、オスプレーのような新たな軍事システムの試験過程にはこのような事故は予測された、と語った。
土曜日の事故が設計上の欠陥によるものか、製造過程に起因するものか、または人的なミスなのかを決定するには数ヶ月を要するだろう。
オスプレーの任務は20人ないし24人という他のほとんどの軍用ヘリコプターよりも多数の完全武装の海兵隊員を戦闘もしくは救助現場に移送することにある。海兵隊はしばしば船舶から海岸へ兵員を移送するが、彼らがオスプレーを支持する理由としてそれはヘリコプターよりより長くより速く飛ぶことができ、しかも立派な滑走路がなくとも問題の地点に着陸出来るからだ。
オスプレーは18年にわたって開発されてきたが、時とともにその開発費用はうなぎ上りとなってきたのは、一部には同機を設計段階にとどめるのか実用化するかの長い争いによる。国防総省以外の政府機関はそのコストを1機あたり6千万ドルにのぼるとしている。この数字は同機の商業的な潜在性に疑問を付すのに十分である。
海兵隊に配備された5機のうち2機の試験機が1992年に事故で墜落し7人が死んだ。
「われわれはこの計画に自信をもっている。なぜなら多くのテストを行い何時間もの試験飛行をしてきたからだ。私たちはこの航空機の力量を十分に示してきたと思う」と海兵隊報道官のデイブ・ルパン少佐は言う。
国防総省が議会に屈服して同機を建造することに同意して以来ずっと、同省の高官は会計検査院の検査官とともに、オスプレーのテストは現実的ではないと警告してきた。
1994年に会計検査院は、この航空機の重要な要素が「依然として不適切で、いまだ十分にテストされていない」と報告している。
その年、国防総省の検査官は、同機はある種の「異常に政治的な要因」により「適切な認可なく、正式な検討を」受けることなく開発に入ってしまったと述べた。
1997年、国防総省は同機の試作機はいまだ人員を搭載することも、着陸が困難な場所の上空を飛ぶこともできない、としている。同省はまた同機が経てきたテストは「きわめて人為的なものである」とも批判している。
1998年、検査院は「15年におよぶ開発努力にもかかわらず、V22の設計はいまだ安定していない」と結論づけている。
しかし、同機に代わる航空機は開発されなかった。そして海兵隊の司令官達によると、同機の潜在能力は、放棄してしまうわけにはいかないほど優れているのだ。
同機の主な建造者であるペンシルベニア州リドレー・パークのボーイング社のヘリコプター部門およびフォート・ワースのベル・ヘリコプター・テクストロン社は、V22がいかに優れた機種でありその部品は40にわたる州で製造されるであろうことを示す資料で議会の床を埋め尽くした。
彼らは議会の多数派を抱え込むことができた。そして計画を推し進める方向への議会の圧力は決して止まらなかった。
支持者には最も保守的な共和党員も、最もリベラルな民主党員も含まれていた。
ボーイング社のヘリコプター部門のあるペンシルベニア選出のウェルドン氏ほど激しく推進した人はいなかったが。
「私たちには深く広い連合ができていた。議会内の海兵隊出身者、海兵隊予備役士官の協会、全米自動車労働組合、民間航空業界などが味方だった」と彼は本日語った。
航空関係の専門家であるクーパー氏は「確かに飛行距離とスピードという利点はある、しかしそれがどうだというのだ?」と付け加えた。
元海軍長官で現在サイラカス大学で経営と政治の教授であるオキーフ氏は否定する。未来的な技術と現実の任務とは噛み合わない。「それは船から海岸に20人の人間を運ぶバスなのだ」と彼は言う。
オスプレーの「革命的なコンセプト」が議会をうっとりさせた。しかし実現するのは難しい。「これは信じることができるものの領域内の出来事なのだ。しかし今日までになされなければならなかったことは、完了していない。ここで必要とされているのはテクノロジーの玉手箱をもてあそぶよりは少しばかり難しいことなのだ」と彼は言う。