ジュゴンについて学ぼう! | ジュゴン保護基金・ホームページ |
魚まち(いゆまち)
第28号
特集:ジュゴンのすむ海(U) 花輪伸一 『生物多様性とジュゴン』など 定価:1050円 県内各書店で発売中!お問い合わせは下記まで |
魚まち(いゆまち)バックナンバー
1998年2,3月号(通巻第18号) 特集:ジュゴンのすむ海 細川太郎『ジュゴンのプロフィール』 謝名元慶福『ジュゴン取材記』 香村眞徳『藻場とその役割』など 定価:1050円 お問い合わせは下記まで |
(有)沖縄地域ネットワーク社
901-2126 沖縄県浦添市宮城3-9-18-503 phone:098-874-5040 fax:098-879-8943 |
生物多様性とジュゴン |
花輪伸一
(世界自然保護基金日本委員会自然保護室次長) |
WWFと沖縄
私は、WWFJに勤める前に日本野鳥の会というところにいた。日本野鳥の会に勤務していた頃、ノグチゲラやヤンバルクイナなどの調査のためにヤンバルへはよく来ていた。その行き帰りに東海岸のキャンプシュワブの前を通ったのだが、「どうしてこんなに良いところを米軍が占拠しているのか」という思いをとても強く感じていた。めぐりめぐってその場所を調査することになるとはその当時は全く予想していなかったことである。
今回は予備調査で、とにかく現場がどのようなところなのかを見てみようという考えで来た。だから海に潜るということもあまり考えていなかった。潜りながら「これからどうするのか」「どうなるのか」といいうことが時々頭の中をよぎった。やはりジュゴンが「調査をしてくれ」と訴え掛けていると感じた。これに応えなくてはいけないだろうと思っている。
世界的な調査協力が必要
この調査は恐らくWWFJ、WWFJ関係者だけの調査ということにはならないだろう。というのはジュゴンの生息地を守るということは世界的な課題であるためだ。だからWWFだけではなくて、IUCN(国際自然保護連合)やその他の機関、多くの海洋生物学者などに呼びかけて調査をしなければならないと思う。
住民と研究者の連携
それと同時に大事なのは地元の人たちが自ら調べようと行動を起こすことである。その第一歩として今回は非常に大きな成果があった。ボートで昨日二時間、今日四時間ジュゴンを探したのだが、それではなかなかはかどらない。ヘリコプターでの調査が最も良いと考えられるが、それだとお金がかかってしまう。アマチュア、NGOには何ができるのか考えなくてはいけないと思う。
きょう、海上にボウバアマモの切れ端がたくさん漂っていた。ジュゴンが食いちぎったような切れ方だった。できればそれを全部網ですくい集めどのくらいの量があるのかを調べてみたい。その食べ残した海草からジュゴンが一回の食事でどれだけの量を食べるのかを推定する方法も考えなくてはいけないと思う。また、どこか陸上の高いところから大きな望遠鏡を使い監視活動ができないだろうか。そのようなことならわれわれアマチュアでもできる。一番の強みは地元にいるということである。遠くから来る研究者が働ける時間は限られている。しかし、地元に住んでいるみなさんならかなりの時間を調査に使うことができる。そこから研究者にもできないような観察をすることができるのではないか。研究者、アマチュア、地元住民が一体となった研究プロジェクトはできないかと、そんなふうに考えている。
ヘリ基地建設反対を表明
一九九七年十二月にWWFJとしてヘリポート建設に反対する意見書を出した。あて先は橋本総理大臣(当時)、それから防衛庁長官、防衛施設庁長官である。そしてその写しを大田沖縄県知事(当時)、当時の比嘉名護市長にも送っている。
WWFJは南西諸島地域の自然保護活動にかなり力を入れている。そのきっかけとなった年は一九八〇年だった。当時WWFとIUCN、UNEP(国連環境計画)の三者が『世界環境保護戦略』という本を出した。この中に、保護区を設定して優先的に保全を図る地域として世界の各地が載っている。日本では南西諸島がただ一ヶ所だけ選ばれている。南西諸島の島の生態系はかなりユニークで、しかもそこには人々が住んでいて、人との軋轢がある。貴重な自然と人間をうまく共存させるために優先して保護しなければならない地域として指定された。当時総裁をしていたエジンバラ公が来日し、「南西諸島の自然保護を最優先するように」という話がWWFJにあり、それを機にWWFが南西諸島の自然保護に取り組むようになった。
南西諸島は最重要地域
それから十年後の九〇年には今度はWWF自体が世界中で保全しなければいけない地域を約二百ヶ所リストアップした。さらに、その中でも特に重要な地域として十六ヶ所をピックアップしたが、その中にやはり南西諸島の森林の生態系と海洋が入っている。WWFが南西諸島にこだわっていろいろな環境保護活動を続ける理由はそこにある。
そのようなことをやってきたということをまず意見書の中で申し上げて、現在クローズアップされているヘリポートの問題を環境保全の立場から考えるとどういうことになるのかということを述べた。
ヘリポートは長さ千五百メートル、幅六百メートル。約二千人の海兵隊を配置し、航空機の数も相当数配備する。これは単なるヘリポートというものではない。海上軍事基地そのもので、このように巨大なものが環境に影響を与えないはずはない。
サンゴ礁保全の立場
自然保護団体として、一つはサンゴ礁を保全するという立場から意見を述べた。本土復帰後、日本政府が莫大な金をつぎ込んで土木工事を進めた結果、海岸は埋め立てられ、森林は伐採され、サンゴは赤土が流れて死んでいった。沖縄全体の約九〇%のサンゴ礁が死滅したといわれている。そのような中で例外的に少しずつ回復しつつある海もある。辺野古沖のサンゴ礁は回復しつつある場所の一つだ。その回復を守ってやらなければならない。そうしなければ沖縄全体のサンゴ礁を復活させるための先が見えてこない。「今復活している辺野古のサンゴさえ守れなくて一体どうするんだ」ということだ。
藻場とジュゴンを守る立場
もう一つは、藻場とジュゴンを守るという立場である。リーフの内側には海草藻場があって、一帯はジュゴンの生息場所になっている可能性が高いということを挙げた。人類の共有財産として守っていかなくては行けない動物の中でもジュゴンは最上位に位置している。そのような生物がすんでいるところになぜわざわざ軍事基地を造らなければいけないのか。辺野古の海岸、沖合に軍事基地を造ってはならない。逆にそこは環境を保全するための施策を講じていくべき場所なのである。法律によって保護区にするとか、ジュゴンの保全対策を行うとか、そのようなことをすべき地域であるということがWWFJとしての主張である。
このような内容の意見書を昨年(一九九七年)の十二月十九日に総理大臣や防衛庁、防衛施設庁の長官に郵送して記者発表したのだが、いつものことながら日本政府からは返事は来ていない。
生物多様性とは何か
ジュゴンのいる環境も大事
世界的に見てジュゴンは貴重な動物であるということは間違いないことである。しかし、ジュゴンだけが大事だというのではなくて、ジュゴンが生きている環境も同じように大事だ。ジュゴンが生きることのできる環境はわれわれ人間にとっても重要な環境である。その環境とは藻場があり、サンゴ礁があり、魚がたくさんいる。そこにいる魚は漁業資源にもなり、そこは環境教育のために活用でき、観光資源としても役立てることができる。そのようないろいろな人間活動を支えていくための象徴としてジュゴンの生育場所を位置付けるべきだと考えている。決してジュゴンだけが大事だということではないのだ。
地球存続の基礎
ブラジルのリオデジャネイロで92年に地球サミットが開かれ、そのときから世界共通の言葉になったのが「生物の多様性の保全」である。人間はこれまで散々自然を略奪し公害を引き起こしてきた。そして南北間格差は広がるばかりだ。そのようなことを反省し、生物を守らなくてはいけないし、絶滅を防がなければいけない、生物の多様性を保全していくことが地球を存続させているための最も基礎になるものだという共通認識がだんだんと世界各国の研究者、政治家、一般あるいはNGOに広がってきた。
一千三百六十二万種の生物
生物の多様性とは何なのか。地球上にはたくさんの生物が生きている。どのくらいの生物がいるのかをUNEPの一九九五年の資料で見てみよう。名前の付いている種だけで約百七十五万種。ウィルス、バクテリアはそれぞれ四千種、海藻の仲間は四万種、植物は非常に多くて二十七万種、昆虫が最大で九十五万種、脊椎動物は四万五千種。これらは名前の付いている生物の種の数である。
名前の付いていないものを推定して算出し、名前の付いている生物と合算した種の総数は一千三百六十二万種だとUNEPに集まった研究者達は推定している。これだけの種があるということはそれなりの意味があるはずで、ただやみくもにたくさんいるわけではない。必ずその存在意義がある。
地球の歴史と生物の歴史
これほど多くの生物が地球上にどのくらいの時間をかけて出てきたのか。地球の年齢は約四十六億歳と言われている。地球上に生命が出てきたのが約三十五億年前だ。それからだんだんと無脊椎動物、両生類、爬虫類へと進化し、哺乳類が出てきたのが約六千五百万年前。そして、人類が出てきたのは約百万年前。文明が発達してきたのはたかだか約五千年前。このように気の遠くなるような時間の流れの中で一千万種を超えるような生物が誕生した。
人類の歴史は微々たるもの
四十六億年を一年、つまり三百六十五日と考えてみる。地球誕生の日を一月一日、現在が十二月三十一日と置き換えてみる。すると生命が出てきたのは四月五日、哺乳類が出てきたのは12月25日となる。人間が誕生したのは十二月三十一日の二十二時五分だ。文明が発達しはじめたのは十二月三十一日の二十三時五十九分に十五秒となる。
地球の歴史からすると人類は微々たる歴史しか持っていない。その人間が今、地球上でとんでもないことをやっている。軍事問題にしろ環境問題にしろろくでもないことばかりやっている。地球誕生以来、気が遠くなるような年月をかけ、気が遠くなるような数の生物が生まれ、そして生物の多様性を高めてきた。しかし、人間は生きものを滅ぼし、多様性を失わせるという逆のことをやっている。地球の歴史に逆行し地球の環境と生きものたちにとって一番悪いことを人間はやっている。
資源としての側面
生物多様性はなぜ大切か。それは資源としての側面、倫理的な側面の二つから考えることができる。
最初に出てくるのは物質的な話、物の話になってしまう。どうしても人間というのは物とお金から逃れなれない。資源としての側面からは@食糧A薬品B産業C持続的利用−という面から大切だ。
人間に限らず生きものにとって食糧としてのいろいろな生物の存在はなくてはならないことだ。食う、食われるという関係だ。われわれ人間は米や小麦の野生種からそれを栽培状態に持ち込み人間が使いやすいようにして改良して栽培している。
いろいろな生物の中から薬品として使える物が相当出ている。ウイルスやバクテリアなどから人間が利用出来る薬が採取されている。また産業で使う原料として、あるいはエネルギーとしていろいろな生物が利用されている。そのようなものを持続的に使っていくことで資源として生物の多様性を維持していかなければいけない。例えば、熱帯林を破壊してそこに住んでいた土壌の動物やバクテリアなどを知らず知らずのうちに滅ぼしていった場合、もしかして将来そこから発見される可能性のある薬、人間の病気に役立つ薬、そのようなものを失ってしまう可能性があるということだ。できるだけ生物の種を絶滅させないで残す。そうすることにより将来いろいろな可能性が出てくることになる。
倫理的な側面
お金や物だけではなく精神的な側面あるいは倫理的な側面からも押さえる必要があり、@多様性への進化A生物と環境(自然)の相互作用、安定性B生命の尊重C世代間、地域間の公平D教育的、自然史的な観点−の面からも大切だ。
生物は多様性があるように進化してきた。そのこと事態が非常に大事なことである。その多様性を破壊することは悪いことだ。生物は相互作用があり、それによって安定化するようになっている。相互作用のある一方の生物を絶滅させた場合、もう一方にも大きな影響が出ることが考えられる。それから人間だけでなく、例え動物や小さな生きものでもその生命は貴重で、生命自体が尊重しなければならない大事なものという考え方がある。そして世代間、地域間において公平でなければならない。私たちの代で食糧や資源を食いつぶしたり環境を破壊してしまえば、将来生まれてくるはずのわれわれの子供、孫、さらにその子孫たちに対して大変不公平なことをしてしまうことになる。
加えて地域間で不公平があってはならない。北の国が南を搾取し、北の国だけが金持ちになり南の国が貧しくなる。そういう関係は良くない。北の国が南の国から生物の種を資源として取り尽くし、生物の多様性を破壊してしまうことは倫理に反するという考え方もある。また、環境教育の観点から、あるいは自然史的な観点から、他の生物を人間が滅ぼすようなことがあってはならないという考えが一般的になりつつある。
野生生物への脅威となるもの
それでは野生生物の多様性を失わせ、生物にとって脅威となっているものにはどういうものがあるかというと、@商業利用A密猟・密輸B生息地の破壊C過剰利用D環境汚染E移入種F戦争・軍事−がある。
最も脅威を与えているものの一つは商業利用である。商業利用と関連しての密猟・密輸もある。そして生息地の破壊。ジュゴンの生息地を軍事基地建設によって壊してしまうという例もそれに当たる。それから過剰利用。必要以上の量を取って使ってしまうと生物の種の存続を脅かす。また、移入種も脅威となる。本来そこにはいなかったものをそこに連れてきて、生態系を乱してしまうこともしばしば起こっている。沖縄本島に移入したマングースがヤンバルクイナを捕食し、それによってヤンバルクイナが絶滅してしまうのではないかという心配もある。それから、戦争、軍事施設建設なども生物の多様性を失わせる大きな原因になっている。生きものにとって生息地が破壊されすみかが無くなってしまうことが一番大きな問題だ。そこではもう生きることができなくなってしまうからである。
失われていく自然海岸
生息地の破壊がどうなっているかということを海岸線を例にとって見ると、日本国内では人工海岸と半自然海岸を合わせると約四一%となっている。半自然海岸というのは海岸の背後にコンクリートの堤防があるところのことだ。日本では自然海岸の半分近くが無くなってしまった。つまりそこにすんでいた海の生きものたちのすみ場所が無くなってしまった。このことが日本の沿岸漁業の不振とも大きく関連している。
日本の半分の干潟がつぶされた
最近話題になっている干潟についても日本のどこへ行っても潰されている。大雑把に言うとこの五十年の間に日本から半分くらいの干潟が姿を消した。埋立や干拓などによって浅い干潟が壊されていった。干潟の沖合には藻場がある。そこは魚たちが卵からかえって、稚魚の時代を過ごし、それから大きくなって沖合へ出て行くという言わば魚にとっての保育園という役割をになう非常に重要な場所である。ところが、東京湾などは干潟の九割近くが無くなってしまい、大阪ではほとんど残っていない。有明海も諫早湾の干潟を潰したことによってかなりのダメージを受けてしまった。今、日本はこういう情けない状況になっている。
辺野古のサンゴは回復段階
沖縄ではサンゴ礁が非常に大きなダメージを受けている。サンゴの大部分が死んでしまった。そのような中で、石垣島の白保では非常に健全なサンゴ礁が残っている。「白保の貴重なサンゴ礁の海を守れ」と新石垣空港建設反対闘争が展開された。琉球大学の先生たち、水中写真家の吉嶺全二さん(故人)、アメリカのキャサリン・ミュージックさんたちが一九八一年から八十五年に調べたデータによると、辺野古沖では生きているサンゴは〇%〜10%しかなかった。ところが、今回潜ってみるとかなり回復している。三十センチ〜五十センチの小さなテーブル状のサンゴが密集していた。辺野古のサンゴは今、回復段階にある。ここは将来が非常に楽しみな場所で、こういう場所を大事にしなければいけない。
世界中が今、生物の多様性を守ろうとしている中で、日本ではヘリ基地を辺野古の海に建設し、生物多様性の基盤となる生物の生息場所の破壊をしようとしているわけである。
環境悪化が進み大きなダメージを受けている沖縄の海にかろうじてジュゴンが生息している。私たちの前に姿をあらわしたジュゴンが、沖縄の環境を守っていく救いの神になってほしいと考える。
絶滅の危険度
ジュゴンの分布域は紅海、アフリカの東海岸、インド洋からオーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、そして日本である。内田詮三さん(国営沖縄記念公園水族館長)のまとめによると日本での観察例は沖縄本島、特に東海岸で非常に多く観察されている。では、絶滅の危険性のレベルからすると世界的にジュゴンはどのように位置付けられているのかということについて説明したい。
IUCNでは「危急種」
IUCNが出しているレッドデータブックは世界のほとんどの国が、絶滅の危険の度合いについて評価する際の基礎にしている本である。この中でジュゴンは「危急種」となっている。
絶滅の危険に瀕している度合いに基づいて大きく「絶滅種」「野生絶滅種」「絶滅危機種」「準危急種」に分けられる。「絶滅種」はすでにいなくなってしまった種。野生では絶滅したが動物園では残っているというものもある。そのようなものは「野生絶滅種」といいう。その次のレベルとして「絶滅危機種」がある。これは絶滅の可能性が非常に高いという種だ。それから「準危急種」となる。
ちなみに日本の環境庁の分類に従うと「絶滅危惧種」が一番危なくて、「危急種」はその次で、「希少種」はまたその次ということになる。この三つの分け方がIUCNのものと比べて簡単で覚えやすいと思う。
IUCNは、レッドデータブックを作るために委員会を作って世界中の研究者の知恵を集めた。ジュゴンは「危急種」で、「絶滅危惧種」よりも低いランクに位置付けられている。ただIUCNのリストというのは世界全体、地球全体という大きな視野からの位置付けで、それをどのポイントから見るかによって評価はまた違ってくる。日本の評価では当然日本を中心に考えるので、例え世界的にはたくさんジュゴンがいても日本で少なければ非常に危ない、危険だということになる。ジュゴンの数は世界中で十数万頭だと言われていたのだが、最近の調査ではもう少し少なくて、十万頭くらいだろうと推定されている。十万頭という数だと今すぐに絶滅することはないだろうというのがIUCNの見解だ。それで「危急種」となったわけだ。
日本では「近絶滅種」
では、日本においてジュゴンはどのように位置付けられているのだろうか。日本哺乳類学会が昨年(一九九七年)の秋に日本の哺乳類のレッドデータブックをつくり、その中でジュゴンを取り上げた。南西諸島沿岸では「絶滅危惧種」だとはっきり記述している。絶滅の危険度が非常に高い。IUCNでは言葉の障壁があって、日本人の書いた日本語の論文は世界の学者にはあまり読まれない。英語で書いた論文は参考にされるのだが、日本語の論文はあまり参考にされない。日本からの情報がIUCN二は非常に少ないという問題がある。IUCNのリストを読んでみると、「彼らは日本のことを知らないな」というのが結構ある。そのようなことも勘案し日本哺乳類学会で検討した結果、南西諸島のジュゴンはIUCN基準にすれば「絶滅危機種」の中でも最も絶滅に近い「近絶滅種」と判断している。IUCNでは最も危ないものを個体数五十未満と考えている。南西諸島のジュゴンは非常に少なく五十頭未満だろうと日本哺乳類学会は判断し「近絶滅種」に指定した。南西諸島域のジュゴンは「特に危ない」と警告している。
水産庁は「絶滅危惧種」に
水産庁のレッドデータブックもジュゴンは「絶滅危惧種」に指定している。非常に危険度が高い動物だと認識しているわけだ。このようにレッドデータブックに載るということはあまり名誉なことでなはない。レッドデータブックに掲載する意味は、載せて「危ないよ」と言うだけではなくて、「危ないからこの種を保全しなければいけない」という警告と保全のために具体的に使われることにある。
国内法と国際法
文化財保護法
ジュゴンのような生物に対して日本の法律はどうなっているのかというと、法律はあるのだが十分ではない。関係しているいくつかの法律のうち一九五〇年に定められた「文化財保護法」という法律があるが、この法律によって七二年にジュゴンは「天然記念物」に指定されている。捕ってはいけないし、保護しなければいけない動物となっている。
鳥獣保護法
六三年には「鳥獣保護及び狩猟に関する法律」が改正された。それまでは狩猟のための法律だったが、鳥獣保護の法律に衣替えした。しかしこの鳥獣法では主に鳥や獣などの陸上の動物しか扱っていない。ネズミは入っていないし、クジラ、アザラシなどは入っていない。環境庁としては「海の生物は別だ。それは水産庁がやるべきことだ」ということなのかもしれない。文化財保護法は文化庁が所管し、鳥獣保護法は環境庁が所管しているわけである。
種の保存法
九二年には「種の保存法」というのができた。絶滅の恐れのある動植物を守っていこうという法律である。これはなかなか結構な法律ではあるが、指定されないと何の役にも立たない。だからジュゴンがこの法律の中に明記されなければならない。今明記されているのはイリオモテヤマネコ、ツシマヤマネコ、ニホンカワウソ、昆虫がいくつか、淡水の魚が少しという具合だ。しかし、リストに載っただけでは不十分で、そのリストに基づいて生息地を保護区にすることが必要である。
自然環境保全法
「自然環境保全法」は七二年にできている。これはどちらかというと原生的な自然に当たるもの。日本で言うと硫黄島、十勝川源流域など比較的広くて人の手が入っていないところが対象になる。ただし、自然環境保全法には都道府県版があって各都道府県がその県の中で大事だと思ったところを自然環境保全地域に指定することができる。基本的にはそこの土地の持ち主の権利が重要視されるため、自然環境保全法による保全地域はほとんど民有地は含まれていない。国有地ないし県有地だけを指定するということが多いようだ。
自然公園法
「自然公園法」は五七年にできた。これは国立公園、国定公園、自然公園に指定する法律である。民有地も含まれるが、民有地を指定すると非常に網がゆるく、その中での開発行為はたいがい認められてしまう。この自然公園法では海中公園地区に指定することもできる。海中公園地区の特別地域になるとかなりきつい制限がかかり、生きものを殺すことはできなくなる。ただの海中公園地区だとその中で漁業はできる。生きものを捕っても良いことになっている。
水産資源保護法
水産庁関係の「水産資源保護法」は五一年にできた。その中に要保護野生水産動植物という指定がある。水産庁が作ったレッドデータブックに基づいてそれに指定された動物、植物は水産資源保護法で守りましょうという法律で、その中にジュゴンが含まれている。
保護のために法的裏付け必要
いろいろな野生生物を守るための法律はあるのだが、ジュゴンについては実効性のあるものは天然記念物になっているということと、要保護野生水産動植物になっているということの、この二つになる。ただ、他の法律でも可能性はある。ジュゴンおよびその生息地を指定し、そのリストによってジュゴンの生息地を守ることによってジュゴンを守る。そういうことができないことはないはずである。ヘリポートを造らさないということがまず第一であるが、継続的にジュゴンとその生息場所を保全してそこから受ける恩恵をわれわれが利用しようと考えていくならば、やはり何らかの法的な裏付けを取っていくことが必要になってくると考えている。
ワシントン条約
世界的に見るといろいろな国際条約があり、その中にも環境を保全するための条約があるが、日本も加盟している代表的なものに「ワシントン条約」がある。これは絶滅の恐れのある動植物の貿易、輸出輸入に関する法律で、国際条約である。「付属書」というリストがついていて、「付属書1」「2」「3」とあるが、「1」が最も絶滅の恐れが大きく貿易をしてはいけないものである。これは先ほど触れた商業利用が、野生生物の絶滅に非常に悪影響を及ぼしていることから、貿易に歯止めをかけるため原産国から消費国へ輸出してはいけないという法律だ。これはかなり厳しいもの。「1」は絶対にだめであるが、そこにも抜け道はあって「学術研究」のためには許されている。ある国で絶滅に瀕しているものを技術の発展した国に輸出してそこで人工的に増やすことなどは認められている。ただ、ときどき分けのわからないものに許可が出て鳥獣貿易商を経て売りに出るということも時々あるようだ。「付属書2」は輸出入は認めるが、それぞれの国の政府がきちんと管理をしなければいけないということになる。「付属書3」はあまり有効な規制はなく、記録をきちんと取るという程度。ただしあまり記録が残っていないようなところがある。それで、ジュゴンはどうなっているのかというと、これは「付属書1」に該当する。輸出入禁止だ。それだけ世界ではジュゴンは絶滅に瀕しているから売買してはいけないと規制しているわけだ。ただし、例外があり、オーストラリアのジュゴンに関しては除外されている。まだ数が多いからということかもしれないが、そのへんは詳しく調べていない。
ボン条約
また、「ボン条約」というものがあるのだが、これはまだ日本は加盟していない。ボン条約というのは移動する動物の保護に関する国際条約。それとは別に日本とロシア、アメリカなどで結ばれている渡り鳥保護条約があるが、ボン条約はかなりの国々が加盟している多国間の条約だ。国境を越えて移動する動物を守るための法律で、渡り鳥、回遊する魚類、哺乳類も含まれる。日本が入らない理由は捕鯨問題があるからだ。日本はどうしてもクジラを捕りたい。だからこの条約に入ってしまうとクジラが捕れなくなるのではないかという心配があり日本はまだ加盟していない。だが、フィリピン、台湾、沖縄周辺で移動の可能性が考えられる種はやはりこのような条約に加盟して保護されなければならないはずである。日本政府がもし加盟したら、クジラだけでなく今度はジュゴンでもたたかれることは間違いない。
ラムサール条約
「ラムサール条約」もある。
これは特に水鳥の生息地として重要な湿地に関する条約で、もともとは渡り鳥の飛来する湿地、湿原、川、湖、干潟、浅い海などを保全しようという目的で作られた国際条約である。
三年に一度世界の国々が集まって条約締結国会議を開くが、その中で湿地を保全すことの意味がだんだんと渡り鳥では、なくて生物の多様性を守ると。いうことに変わってきている。湿地の生物多様性の保全ということが大きなテーマになってきている。
浅い海の定義は、干潮時に六メートルより浅い海に立っているから、サンゴ礁海域も含まれている、藻場なども当然含まれている。ラムサール条約ではそのような重要な湿地を登録し、その国は保全すると言う責任が生じる。
日本では釧路湿原や琵琶湖などの湿地が登録されている。さんご礁は日本ではまだ指定されていない、干潟では、東京湾の谷津干潟(千葉県習志野市)という小さなところが指定されているだけ(編集部注=99年5月漫湖が登録された)。指定されるにはその地域に特有な湿地の環境があること、絶滅に瀕している種類がいること、絶滅の恐れのある生物がいること−などの国際基準を満たす必要がある。
キャンプシュワブ沖、つまり辺野古沖の海域は恐らくラムサール条約の国際基準をクリアしているはずである。だからこういうところにの「登録しろ」という声を上げて行くのも一つの方法である。
日本国内の法律で保全を図ると同時に国際条約役でも縛りをかけていく。これがヘリポートをつぶしてその次に保全つるための一つの方法ではないかと思う。
生物多様性条約
「生物多様性条約」は生物の多様性を無くするようなことをやってはいけないという国際条約であるが、だんだん生物資源としての活用の問題、特にDNAの利用に関する利害の調整という面が大きくなってきて、当初考えていた野生生物を絶滅させない、重要な生息地の保全を図るということがぼやけてきたという面もある。
国連海洋法条約
最近日本も加盟した「国連海洋法条約」については、私はまだ勉強をしていないのだが、全文、条約の前書きには涙がこぼれるような海からの恩恵というのがとうとうと書かれていて、海を守っていくことが人類にとって非常に重要なことなんだということが謳われている。ただ、実際には領海問題、漁業資源の奪い合いなど非常に生々しいことになるが、とにかく海は人類にとって共有財産だから守らなければいけない、こういう精神であることは間違いない。
生息場所全体の保全を
ジュゴンを取り巻く国内の法律、あるいは国際法を見てきたのだが、やはりジュゴンの保護というのは最初に言ったように生息場所の保全というのが第一である。ジュゴンだけを守っても生息場所が無くなれば意味をなさなくなる。国の天然記念物であるためジュゴンは日本中どこへ行っても天然記念物である。しかし、それだけでは生息場所までを守ってはくれない。生息地を天然記念物にしなければ、そこにすんでいる生きものごと守っていくことはなかなかできない。やはり生息環境の藻場を守ることは大切なことだ。サンゴ礁をきちんと守り沿岸域を保全することが非常に重要であるが、海辺の環境というのは海だけでは守れない。陸域も守らなければいけない。そこに流れ込む川の保全、その水を蓄える山、森の保全、このようなものを一体として保全していかなければいけない。生物の多様性を保全することがジュゴンの保護に関わってくるわけである。
辺野古をはじめとする沖縄の環境が守られ、ジュゴンが生息できるということは、われわれ自身の生活にも必ず良い結果をもたらしてくれる。景色がよい。水がきれいだ。魚や貝がたくさん採れて、われわれは潮干狩りを楽しむことができる。地場産業にも役に立っていく。あるいは発展の仕方に対する幻想を壊すための力にもなってくる。ジュゴンとジュゴンをめぐる環境はわれわれ人間にとっても非常に大事なものということができる。
サンゴ礁保護研究センター
話を石垣島の白保のことに移したい。サンゴ礁を埋め立てて新石垣空港を作るということで大変な反対闘争が起きた。私が初めて石垣島へ行ったのは日本野鳥の会に勤めていたころで、カンムリワシ調査のためだった。石垣島の野鳥の会の人の車に乗せてもらい白保の海岸線沿いの道路を走りながら「今度ここに空港ができるんだ」という説明を聞いた。東京に戻ってテレビを見たら、測量をするのに機動隊を導入し、迎里清新石垣空港建設阻止委員会委員長と池宮城紀夫弁護士が逮捕されたというニュースが伝わってきた。そのときに初めて私は「白保」という地名を耳にしたのだが、その後の関わりはほとんど無かった。
白保とのかかわりはWWFJに勤めてから始まった。WWFJ自体は白保の運動に対して初期のころはあまり積極的なサポートはしていなかった。中盤になって白保の新石垣空港建設阻止委員会から世界中にアピールが行き、IUCNから調査団が派遣され、それをWWFJと日本自然保護協会でサポートして調査の便宜を図ったあたりから白保のサンゴ礁保全のためにWWFJも具体的にかかわるようになった。
世界へ情報発信を
地元の白保の委員会のほかにも那覇にも守る会ができ、東京、京都、大阪にも守る会が結成された。全国の人たちの力も非常に大きかったと思う。それらが国際世論を動かしてIUCNの世界大会では二度にわたって白保サンゴ礁保全の決議がなされた。この決議が非常に力になったわけである。われわれもやはり辺野古の海に関してここは保全すべきだということを国内だけではなくて海外のNGO、自然保護団体に積極的に発信し、彼らに来てもらいできるだけ現地を見てもらうことが大切だ。それが世界のマスコミを通じて報道され支援の決議になる。そのような方向を目指していくことが大事なことではないかと考えている。
その後の白保は、幸いなことに大田県政になり石垣市では大浜長照さんが市長になって、非常によい風向きになってきた。白保の海域には空港は作らないで内陸部に作る。これはまた大きな問題ではあるのだが、白保のサンゴ礁は保全するんだという方向で固まりつつある。この先どのように保全をしていくと良いのかという話し合いの中で、白保の集落では空港建設阻止委員会が環境保護管理委員会を兼ねていて、そこでどうやって海を守るのかということを考えていった。やはり守るためには何か拠り所がほしい。自然保護のためのセンターを建てて海を守っていく。空港は二度とそこに造らせない。そういう方向を探ろうと、WWFJと環境保護管理委員会、空港建設阻止委員会が時間をかけて相談しながら白保にサンゴ礁保護研究センターを作ろうというプランを立てた。
センターの目的は五つある。
−と大構想を打ち上げている。
現在は迎里委員長の畑だった土地を借りて二十坪のプレハブを建て、WWFJのスタッフ一人をそこに置き活動をしている。白保のサンゴ礁の健康度をきちんと調べるモニタリングを毎年実施しており、五年に一度は石垣島全体のサンゴ礁のモニタリングをしている。サンゴの健康を阻害している赤土がどのような経路で流れてくるのかをきちんと調べている。畑の傾きが悪いのか、排水の仕方が悪いのか、沈砂池は役に立つのか、河口の形はどうなのかなどを細かく調べ上げ、どのような対策を立てたらよいのかを明らかにする。流出防止のために畑の持ち主がやるべき部分、石垣市、沖縄県、国がやるべき部分を明らかにして提言していくという作業を進めている。
親子でエコツアーも実施
環境教育活動としてはまだ小さいが、関東近辺からサンゴ礁に興味のある親子を募集して、親子教室を開催している。お母さんと子供という例が多いが中にはお父さんと子供という例もある。十組くらいのエコツアーだが、サンゴ礁や地域の自然を見学すると同時に白保の文化も学ぶ。オジー、オバーに来てもらって、白保の集落を散策しながら村の文化や歴史を話してもらう。サンゴ礁の海に潜り、海の成り立ちを知る。森と川と海のつながりを自分で歩いて見る。大きな建物が重要なのではなくて実際にはそこで活躍するスタッフ、ボランティア、そういう人たちが重要である。自然保護のモデルケースを白保で実現してほかの地域でも応用していこうと考えている。白保に関しては自然保護団体だけではなく、那覇の守る会や東京の守る会などがものすごく貢献している。そういう人たちのおかげで何とか少し方向が見えて来たところである。
ジュゴンの保護を
ヘリポート問題に戻るが、WWFJは自然保護団体なので環境保全の立場からの意見書を提出した。軍事基地問題、地域振興の問題については意見を述べていない。基地問題の最大の部分は沖縄への集中の問題である。この集中の問題は移転や分散などでは解決できない。縮小、撤去という方向でやらなければ絶対に解決しないだろう。日本政府は、振興策という言わばアメ玉をよこしてくるのだが、この振興策自体大ウソでごまかしである。これを見誤らないことだ。振興策によって住民の分断を図っていく日本政府のやり方には本当に腹が立つ。そのようなやり方ではなく、情報をきちんと公開し、それに基づいて住民が議論をして意思決定することが大事だ。そして住民投票の結果を尊重すべきだ。
基地よりも自然保護が大事
振興策としていろいろお金絡みのことが提案されているが、むしろジュゴンの保護とその生息地の保全を振興策として位置付ける方が軍事基地建設より絶対に良い選択だろう。ニュージーランドにはカイコウラという小さな村があり、そこには一頭のマッコウクジラが一年中住んでいてホエールウオッチングに訪れる人が年間に何十万人もいる。観光でその村は成り立っている。そういう事例が世界にはたくさんある。オーストラリアでは森林を伐採するのをやめて自然保護区にし、エコツーリズムによって森林や野鳥や生きものに興味のある人を呼び込んでいるところがある。森林を切って売るよりもその方が儲かったという報告がある。だからヤンバル全体を考えヤンバルの振興として自然を生かし生物を生かしたエコツーリズムを企画しそこに教育的な観光を導入する。ジュゴン、サンゴ礁、藻場、ヤンバルの森、ノグチゲラ、ヤンバルクイナとヤンバルにはたくさんの資源がある。そしてそこには北部訓練場という沖縄に残された非常に良い森林もある。そのようなものの組み合わせの中から教育的で文化的な活用がヤンバルではなされるべきであって、決して日本政府が出しているような振興策にだまされてはいけない。私はそのように考えている。
ジュゴン保護基金 | 沖縄地域ネットワーク社 「いゆまち」サイト |