スターズ・アンド・ストライプス日曜版(2001年1月28日号)に掲載された、沖縄のジュゴンに関する取材記事。「スターズ・アンド・ストライプス」紙は海外駐留米軍関係者向けの新聞です。

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スターズ・アンド・ストライプス日曜版(2001年1月28日号)

「人魚」を守る

ジュゴンの運命と、米軍基地の未来は切り離せない、と沖縄の活動家たちは語る

「私たちはもうこれ以上基地はいりません。私たちは、人とジュゴンと、その他の生き物たちが調和して共生できる地域を作りたいのです。」
---ヒガシオンナ・タクマ氏、オキナワ・ジュゴン・ネットワーク(訳者注:「ジュゴン保護基金」の誤り)代表

デビッド・アレン(スターズ・アンド・ストライプ紙)

ジュゴンを守れ!これは今や沖縄の反基地活動家たちの中心的なスローガンとなっている。アメリカ海兵隊の航空基地の建設計画に反対する人々は、この生き物こそが、米軍キャンプ・シュワブの更なる拡張計画から大浦湾を守ってくれることを望んでいる。
ジュゴンは、フロリダに生息するマナティの仲間だが、マナティが淡水性なのに対してジュゴンは海水性である。この動物は近年沖縄近海でごく少数が確認されたことが報告されているが、絶滅の危機に瀕しているとされている。世界的に見ればこの種の固体数は全世界でおよそ10万程度であり、おもにフィリピン、インドネシア、北部オーストラリアに分布している。 この巨大な動物は、船乗りたちには人魚と見間違えられてきたのだろう、神話の世界では難破した船員たちを救うものとされている。
沖縄はこの動物の生息域の北限をなしているとされているが、目視確認されることはきわめてまれである。沖縄近海に何頭が生息しているのかは不明であり、おそらく基地建設計画以前に既に深刻な絶滅の危機に瀕しているがゆえに、その保護のために何かをなし得るのかは明らかではない。 沖縄では毎年一ないし二頭のジュゴンが魚網に絡まったり、海岸に打ち上げられたりする。時々は生きたまま捕獲され、放されることもある。
「まず第一に日本がすべきことは刺し網漁を禁止することだ。」沖縄のジュゴンを調査している海生ほ乳類研究家のウチダ・センゾウ氏は言う。
ジュゴンはスイスに本部のある「世界自然保護連合」によって「絶滅のおそれのある種」と規定されているが、ウチダ氏は「絶滅危機種」に指定されるべきだという。約230年前に乱獲によって絶滅した「Steller's Sea Cow(海牛類)」のような運命をたどってしまうことが懸念されているというのだ。
「浮き網」、「刺し網」と呼ばれるこれらの漁法は世界中で使われている。この網は細くて強い繊維でできており魚群を捕獲するために海に投げ入れられる。毎年、何千というイルカ、クジラ、アザラシや水鳥などの肺呼吸性の生物がこの海中に構築された巨大なクモの巣状の網に捉えられ、漁師がこれを発見して解放するのを待たず、おぼれてしまうという。 刺し網漁を禁止している国は多いが、日本ではまだ一般に用いられている漁法である。
ウチダ氏は、日本も、漁民に補償を行った上で刺し網漁を禁止すべきだとしている。
ウチダ氏はもう何年にもわたって、日本政府に対し沖縄にジュゴンがどれだけ生息しているのか、またどこで食糧を得ているかについても調査を行うことを求めてきた。
このような調査は10月末に開始され、4月に完了した。防衛施設庁によって実施されたこの調査は、沖縄島中央部の海兵隊普天間飛行場の代替施設となる空港建設に際して、ジュゴンの生息域が影響を受けるか否かの事前予測を行うことが目的である。
周辺海域の航空機による調査の結果、一頭のオスの成体が、空港建設予定地の数マイル北方を泳いでいるのが確認され、また同地から約1マイル東方では一頭のメスの成体が網に絡まっているのが発見された。
しかしウチダ氏も、またこの生物を保護し新基地建設に反対するために結成されたいくつかの団体のうち最大のものであるオキナワ・ジュゴン・ネットワークも、毎年一頭が網にかかって死んでしまうのさえ多すぎるのだと主張する。
ウチダ氏によればジュゴンは1979年以来18頭が確認されているが、そのほとんどが打ち上げられた死体である。沖縄近海で同時に確認された頭数のうち、最大のものは1998年の6頭であるという。
「正確に何頭が生息しているかの予測もできないほど調査が不足している。特にジュゴンはおとなしくてシャイな動物だから昼間はもっぱら隠れていて、夜間にしか食糧をとらないから、なおのこと難しい。」とウチダ氏は述べる。

写真:このジュゴンのオスの成体は金武町の沖合で1992年に網にかかったものである。その後本部町の海洋博水族館に移送された。(写真提供ウチダ・センゾウ氏) 写真:オキナワ・ジュゴン・ネットワーク(訳者注:「ジュゴン保護基金」の誤り)代表、ヒガシオンナ・タクマ氏。沖縄北部の同団体の事務所前にて。辺野古にはいかなる米軍基地も建設されるべきではないと、彼は話している。

沖縄のジュゴンは、フィリピンに生息するもっと大きなグループの一部が迷い込んできたものではないかと考えられていた時期もあった。
「しかし、子供のジュゴンが網にかかることがあることからも、彼らがここで一年間を通じて生活していることは明らかだ。妊娠中の、または子供を連れたメスのジュゴンが泳いでくるにはフィリピンからの距離は遠すぎる。」とウチダ氏は指摘している。
ジュゴンはおよそ70才まで生きる。メスはおよそ3年ないし7年に一度出産し、子供は18ヶ月以上も母乳に頼っている。この事実はジュゴンの固体数の増加はきわめてゆっくりとしたスピードで行われることを意味しているとウチダ氏は指摘している。
ジュゴンの成体はおよそ10フィートの長さで、セイウチのような容貌、明るい灰色の皮膚と、イルカのような尾鰭をもっている。フロリダの淡水域に生息するマナティと似ているが、マナティは櫂状の尾鰭をしているところが違う。両種とも腕のような肢を持っており、舵を取ったり食物をすくったりするのに用いている。ジュゴンのオスは一対の牙を持っているが、マナティにはない。
フロリダではマナティは絶滅危機種として合衆国法によって保護されている。
「アメリカ政府が自国のマナティを保護するというのなら、なぜ日本のジュゴンが保護されてなくてもいいのか、私は尋ねたいものだと思っている。」反基地活動家でオキナワ・ジュゴン・ネットワーク(訳者注:「ジュゴン保護基金」の誤り)代表のヒガシオンナ・タクマ氏は言う。
ヒガシオンナ氏のグループは沖縄のジュゴンが危機に瀕しているということを世界に広めようとしており、幾分かの成果を得てきた。
昨年7月、名護で開催されたG8サミットでは、詰めかけたジャーナリスト達はジュゴンに関する情報を山のように受取った。最近ではヒガシオンナ氏はこの問題を世界自然保護連合に訴えかけ、10月には合衆国と日本政府に対しジュゴン保護の施策をとることを求めた決議が採択された。
「もしこの地で空港建設工事が行われたならば、それは辺野古海域におけるサンゴ礁とジュゴンの摂食場所に対する脅威となるだろう」と決議は述べている。同決議はまた航空基地建設が、ヤンバルクイナ(ウズラに似た鳥類)、ノグチゲラ(キツツキの一種)などの絶滅危機種の生息域をも害すであろうとしている。
合衆国と日本の代表はその決議の採決にあたっては棄権した。同決議は両国政府に警告を発しているが、拘束力はない。
「IUCN(世界自然保護連合)の総会に出席したことは、私にとっては目を開かれるような経験でした。」と、ある雨の午後、キャンプ・シュワブから数マイルの場所にあるせまい一部屋だけのプレハブ事務所でヒガシオンナ氏は語った。壁には一面に地域の子供たちが描いた「ジュゴンを守れ」のポスターが貼られている。事務所から道をはさんだ堤防は、にぎやかなジュゴンの壁画だ。
「私はIUCNの総会に単なるオブザーバーとして参加しただけなのですが、会場で討議に参加する機会も与えられました。日本や合衆国の公式の代表と同じように、聴衆に対して発言する機会もいただけました。日本では考えられないことです。」とヒガシオンナ氏は言う。

写真:国道329号線沿いにある海兵隊航空基地建設計画反対のタテカン 写真:大浦湾の周りでは、海兵隊の航空基地建設に反対する手作りのサインや看板が目立つ。活動家たちは新基地建設はジュゴンに悪影響を与えるとする。このポスターには「ジュゴンはこの海にしか住んでいない。それを誇りに思おう」とある。 図:ジュゴン目視記録・1979年から2000年にかけて沖縄近海で海牛類が発見された地点

「私はアメリカの代表の一人に対して、空港建設はただ一頭のジュゴンであっても犠牲にするに値するのかと尋ねましたが、彼は私の問いには答えられませんでした。アメリカ政府は空港建設も、ジュゴンが絶滅してもそれは自分の責任ではない、なぜなら決定したのも資金を出すのも日本政府なのだから、と考えているのでしょう。でも空港を使うのはアメリカ合衆国なのです。何の責任もないなんて言えないでしょう。」
ジュゴンをめぐる議論に対する海兵隊の公式の立場は、その問題は沖縄と東京間で議論されるべきものであるということである。
「日本政府と沖縄県は現在、建設予定地の環境に対する影響を含めた多くの問題について検討中です。これらの調査を実施するのは駐留させている国の責任であり、この件に関して合衆国海兵隊が(日本政府とは)別個の計画を進めるのは適当ではないと考えます。」と海兵隊広報官ニール・A・ルギエロ少尉は言う。
ルギエロ氏によると海兵隊員によるジュゴンの発見例はないという。海兵隊は防衛施設庁の調査には関与していない。
「海兵隊は、軍事水域への調査のための立ち入りを認めています。」と彼は述べる。
ヒガシオンナ氏はこの地域での軍事行動の中止を求めている。
かつて勤めていた会社が基地建設に関係していることを知ったことが、彼が空港建設反対とジュゴン保護の運動に参加するきっかけとなった。
「自分のふるさとに軍事基地が建設されることに手を貸すことはできなかった。」と彼は言う。現在彼はエコ・ツアー・ガイドとして働いている。
他の地域の人々は、航空基地の建設がジュゴンにどんな影響を及ぼすかは、はっきりとはわからないという。
「私が18才の頃、天仁屋で一頭のジュゴンを見たが、それ以来は見ないね。でもこの近辺にいるはずですよ。」辺野古沖で妻とともに小さな漁船で漁業を営む***さん(78才)は言う。
彼によると、この生き物が生息している証拠をしばしば目にするとのことだ。
「ジュゴンがえさを食べていると水が赤くなるので1キロ先からでもわかるんです。」
ジュゴンは厚い海草藻場を鋤き取るようにして、はみ跡を残す。
「新しい基地がジュゴンや、この地域の漁業にどんな影響を及ぼすかについては何とも言えません。この海域では既に軍事演習が行われていて、そのせいで魚はみんな逃げてしまって、何にもつれないんですから。」
埋め立て地もしくは、海岸近くにアンカーで支えられた土台をつくって、空港は建設される。
「ジュゴンは海岸近くにはこないし、リーフの中には入ってきません。日中には現れません。」と彼は言う。
その近くで、***さん(65才)と妻の***さん(65才)はモズクと呼ばれる海藻の養殖のために用いられる網を修理していた。
「私が最後にジュゴンを見たのは17か18の時でした。」彼はドックに座り込んで網を編んでいる。基地反対派が最近ジュゴンを見たと言っているのは疑わしいと彼は言う。
「ジュゴンが海を泳いでいる写真は見たが、それが辺野古だとどうしてわかる?山などのように場所を特定する物は何もないのだから。」と彼は言う。
その上、ジュゴンを保護するとか沖縄北東部の漁業を守るとかの議論はそれほど力を持たないと彼は考えている。
「私は別にいいですね。もうすでにこの地域にはそれほど漁民はいませんし、若い人たちは私たちの跡を継ごうとはしません。漁業はもうだめですから。」
しかし、そういう問題ではないと、反基地活動家のヒガシオンナ氏は言う。
「私たちの最終的な目的は、単にジュゴンを守るというだけではなくて私たちを取り巻く自然環境を守ろうということなのです。私たちはもうこれ以上基地はいりません。私たちは、人とジュゴンと、その他の生き物たちが調和して共生できる地域を作りたいのです。」

写真:辺野古の漁民***さんとその妻***さん。沖縄本島北東部のこの港で漁の準備をする。環境保護活動家たちによると、建設予定の海兵隊の基地によって小規模のジュゴンの生息域が害されてしまうと主張されている海である。 写真:***さん。新たな海兵隊基地の予定地とされたこの海域で海草の養殖をしている。彼がジュゴンを最後に見たのはおよそ40年前という。 写真:沖縄本島北東部宜野座の海岸に打ち上げられたジュゴンの死体を見る3人の人たち。死体として発見されるジュゴンの多くは、漁民の仕掛けた刺し網にかかっておぼれたものと考えられている。写真提供ウチダ・センゾウ氏 写真:本部の海洋博公園、沖縄海洋生物センターのウチダ・センゾウ所長は沖縄海域のジュゴンに関する詳細な調査研究が死活的に重要だという。