親愛なる友人たちへ

暖かい、兄弟愛に満ちたごあいさつをプエルト・リコ、ビエケスから送ります。私たちは共に自分たちの地域におけるアメリカ軍の活動をやめさせるための闘いに取り組んでいるのですね。
私たちのそれぞれの闘いは、アメリカ軍が私たち人民に対して犯している権利侵害について世界中の意識を高めるという点で、お互いに有用だと思います。

私たちは非暴力・市民的不服従の原理を強固に守ります。アメリカ海軍の爆弾によってビエケスの民間人の警備員が殺された4月19日以来、何百人もの私たちの兄弟姉妹たちがビエケス島東端の爆撃演習場に泊り込みました。私たちの地域は爆撃をやめさせることができたのです。そしてこんどは、クリントン大統領にビエケスにおけるすべての軍事行動を永久に停止し、土地を人民に返還することを要求しています。

沖縄とビエケス、その豊かな連帯と平和への希望のために

ビエケスの救援と発展のための委員会(Comite' Pro Rescate y Desarrollo de Vieques-CPRDV)
ロバート L ラビン シーガル

ビエケス、プエルト・リコ:侵された楽園

1999年4月19日午後7時(東部標準時)、一人の米海軍飛行士が500ポンドの実弾2発をFA18型ジェットから発射したが、ビエケス島(プエルト・リコ)の爆撃演習場の目標をはずしたその爆弾は海軍の見張り小屋を破壊し、中にいた民間人の警備員デビッド・セインズが死亡したほか、数名が負傷した。

デビッド・セインズの死は「予告された」死亡記録である。何十年もの間、ビエケスの人々はこの島における射爆演習および軍事基地の存在そのものに対して、その終了を声を大にして求めてきた。ワシントン・ポスト紙が「島の損害」と題する5月3日付社説で的確に表現しているように、デビッドの死は「単なる孤立した事故ではない。何十年にわたってビエケス島民の利益を無視してきた軍隊によって島民に加えられた、予測可能だった危害のうちの最新の例なのだ」。人の住んでいる小さな島で爆撃演習をすること自体が異常であり、軍は他の場所を探すことが可能だったはずだと同社説は正しく付け加えている。デビッド・セインズの死以来、プエルト・リコ社会のあらゆる部門の指導者、代表たちは強力かつ持続的にビエケスにおける爆撃演習の終了、軍事基地の撤退を要求して声を上げてきた。

米海軍が、爆撃演習で目標をはずしたのはこれが初めてではない。多数の不発弾がビエケス沿岸域に放置されており、爆撃演習によってサンゴ礁をはじめとする海洋環境が破壊されていることを、ビエケスの漁師たち誰もが不満を漏らしている。1993年10月、これもFA18型戦闘機がおよそ10マイルにわたって目標をあやまり、ビエケス島の中心の町から1マイルの地点に5発の500ポンド実弾を投下した。幸運にもこの時は死者は出なかった。昨年、米海軍とプエルト・リコ国防部隊の合同演習中、サンタ・マーレ地区の市役所の公共事業部の地域に駐車していた公立学校のスクールバスの窓が演習の弾丸によって割れた。市役所の職員には射撃が停止するまで避難しなければならない人もいた。ビエケスの市長は、これらの最近の「事故」について海軍から何の説明も受けていないし、おそらくデビッド・セインズの死についても多くの情報を受け取ることはないだろう。

ビエケスはプエルト・リコの本島から南東6マイルに位置する離島の都市である。およそ9,000人の人口のうち72%が貧困ラインを下回っている。市役所の統計によると失業率は50%を超えている。プエルト・リコ大学公衆衛生学部の調査によると、ビエケスではプエルト・リコの他の地域に比べて27%もガンの発生率が高い。プエルト・リコ議会はこの高いガン発生率の原因を究明するための疫学的調査を命ずる法案を可決した。プエルト・リコ全域の環境問題、健康問題の専門家達はこの異常に高いガン発生率が、こんな小さなカリブの島における米海軍及びNATO軍(米海軍はビエケスをNATOその他の国に爆撃演習場として「貸し出し」ているのだ)の爆撃による環境破壊に関係があると考えている。

1940年代以来、米海軍はビエケスの33,000エーカーの土地のうちの4分の3を占有している。島の西端は弾薬庫として、東側の3分の1は爆撃及び演習場として。40年代の軍による土地の収用は、この島に今日まで続く社会的経済的危機をもたらした。ビエケス島とプエルト・リコ本島を結ぶ最短経路は軍によって押さえられている(プエルト・リコの港湾当局は軍が管理している6海里のルートは使用出来ないので、18海里の迂回路を使うことを余儀なくされている)。島の最も高い場所、最も湿潤で肥沃な土地、広大な白砂のビーチ、たくさんの考古学的に価値のある遺跡など、すべては米海軍によって管理されている。

半世紀以上におよぶ爆撃と、新型兵器の実験によって、大規模な生態系の破壊が生じている。「島の東端の地域は、1キロメートルあたりのクレーターの数が月よりも多い」と、プエルト・リコ大学地理学部主任のホセ・セギノ・バルボーサ教授は「ビエケス:囚われの島のエコロジー」と題する論文の中で述べている。「ビエケスにおける天然及び人的資源の破壊は、国際法及び人権の基本的な水準を侵している。なかでも海岸地帯、水質及び騒音、海中資源、考古学的資源及び土地利用に関する州及び連邦の法が破られている。

化学技術者ラファエル・クルス・ペレスは「ディメンシオ」誌(プエルト・リコ技術者・測量士協会誌、1988年1月)に掲載された「プエルト・リコ、ビエケスにおける爆発物及び爆発物残留物による汚染」という記事の中で「・・・爆発から発生する化学物質(TNT,NO3,NO2,RDX及びテトリル)はさまざまな伝播機構を介して民間人居住区域に運ばれる。・・・ビエケスの民間人居住区域における粉塵の実効濃度が1立方メートル当たり197マイクログラムを超えており、従って清浄な空気に関する連邦の法的基準を上回っていることが判明した。」

漁師たちは何十年にもわたって海軍が爆撃をやめ、島から撤収することを要求してきた。巨大な軍艦はしばしば仕掛け網を壊したし、爆撃や演習のたびに島の周辺の最良の漁場への立ち入りがきびしく制限されるのだから。軍艦の砲撃で漁船が被害を受けたり、漁の最中に間近に爆発が発生して漁師が大怪我をしたことも数限りなくあった。

4月19日のデビッド・セインズの死以来、ビエケスのグループとプエルト・リコ本島からの支援者達は、新たな爆撃あるいは演習の再開を阻止するために、爆撃演習地域の内部に入った。セインズが死んだ場所の近くには「ビエケスの救援と発展のための委員会(CPRDV)」のメンバーや漁師たちなどによって巨大な十字架が4月22日に建てられた。その日以来、この十字架の近くでプエルト・リコの大学生たちとともに若いビエケスの男女たちが徹夜の見張りを続けた。この場所は今では「デビッド山」と呼ばれている。

プエルト・リコ独立党(PIP)は「デビッド山」からおよそ1マイルの地点、これも爆撃演習地域の内部だが、に常設の団結キャンプを5月8日以来設営している。ビエケス島の北岸地域では(「デビッド山」及びPIPのキャンプはいずれも島の南岸にある)、漁師や住民のグループがヤイ・キー地域を占領し、CPRDVと「全国**会議」の支援を受けた教員グループはちょうどヤイ・キーを望む対岸のビーチに礼拝堂を建てて立てこもった。これらすべての抗議行動が行われた場所は、いずれも海軍による立ち入り制限区域内にあり、「衝撃エリア(impact area)」及び東部演習地域の一部である。

過去4ヶ月間の間に、海軍支配地域の内部で市民的不服従の行動がいくつか行われた。5月16日には、海軍が「ブルー・ビーチ」と呼び、その後1979年に逮捕された21人の抗議者のひとりにちなんで住民が「アンヘル・ロドリゲス・クリストバル・ビーチ」と名づけた浜で100人以上の参加者が一夜を過ごした。ロドリゲス・クリストバルはフロリダ州タラハッセの連邦刑務所に収監されていたが、1979年11月11日そこで殺された。参加者達は、米海軍が水陸両用車両による上陸訓練に使用するために立ち入りを制限している区域に船でたどり着き、20年前彼とともに逮捕された人達と夜を徹して討論した。そして翌日は、キャンプ・ガルシアと呼ばれる海軍基地の正門を通って外に向かって行進を敢行したのだ。翌週はプエルト・リコの数々の労働組合、ビエケスの漁師たち、サン・フアンの大司教、ビエケス教区のカトリック教会司教など、多くの人々がキャンプ・ガルシアの入り口に突入して、にぎやかなデモを展開した。

行進、見張り、記者会見、ラジオやテレビの記事など、ビエケスに関するものが4月19日以来持続的に世間の注目を集めるようになってきた。プエルト・リコ本島では全国的な調整委員会である「すべてのプエルト・リコをビエケスのために」が、各地域のグループとの協同を進めるために設立された。7月4日、このグループは5万人をデモ行進に動員し、合衆国本土外では世界最大の米海軍基地である、セイバにあるルーズベルト・ロード海軍基地の正門は人の波で埋め尽くされた。大統領諮問委員会がビエケスにおける軍事基地の状況について調査するために7月24日に来島し、住民代表と話し合いを持った。町の広場では500人以上の人々が集まり、公聴会が開かれている市庁舎を取り囲んだ。この諮問委員会は調査結果及び提言を9月初めにはクリントン大統領宛に提出することになっている。

8月1日、ビエケス島民とプエルト・リコ本島からの支援者100名あまりが爆撃演習場内にある海軍の監視所まで行進し担当仕官に「最後通牒」を突きつけた。これは前夜広場で25以上の地域グループによって承認されたものである。この文書は、海軍の撤収、土地の返還という人々の根本的な要求を要約したものである。ビエケスにおける海軍の演習に対する闘いの中で、組織的な抗議がかくも高度に戦略的な地平に到達したのは歴史上初めてのことであろう。

ジェシー・ジャクソンは8月13日にビエケスを訪れ、軍の立ち入り制限地区内の抗議参加者を見舞った。彼はもし大統領が海軍にビエケスからの撤収を命じないならば、ふたたび他の教会指導者達とともにビエケスにやってきて市民的不服従の行動に参加することを約した。翌日5,000人以上の人々がCPRDVと「ラハス渓谷防衛統一戦線」の共催になる支援コンサートに参加した。ラハスのグループは、その土地が海軍の巨大な軍事レーダー・システム設置という危機に直面した1994年以来、ビエケスのCPRDVと協力し合っている。

CPRDVの代表は7月国連におけるプエルト・リコの脱植民地化に関する討議に参加し、国連委員会の最終決議にビエケスに関する明快な宣言を盛り込ませることに成功した。国連滞在中、CPRDVのイスマイル・グァダルペは「すべてのプエルト・リコをビエケスのために」とプエルト・リコ弁護士会の支持者とともに、ビエケスにおける合衆国主導の軍事演習に参加しているいくつかのラテン・アメリカ諸国の大使館を訪れ、担当者と会談した。CPRDVを代表して一通の抗議文が最近起草され、プエルト・リコ法律家協会によってジュネーヴの国連人権高等弁務官に送られ、また米州機構に対しても不服申立てがなされた。

デビッド・セインズの死と、それによって喚起された国民のビエケスにおける米軍の撤収に対するあらゆるイデオロギー上、宗教上の違いを超えた明快で強固な合意に押されて、プエルト・リコ知事は、三大政党のメンバー、カトリック教会、漁民、ビエケス市長を含むビエケス特別調査委員会を任命した。海軍基地を何度も訪れ、士官や民間部門の代表との話し合いが行われた上、4回にわたる公聴会が開かれた。6月25日、委員会は知事に報告書を提出、その中で全面的な非軍事化と汚染の除去及びすべての土地の人民への返還と地域の開発という、地域住民の立場を支持することを明らかにした。

海軍は最近、今年2月のユーゴスラビア攻撃の演習としてビエケスの「衝撃エリア」にハリア・ジェットから263発の劣化ウラン弾が打ち込まれたことを認めざるをえなくなった。原子力調整委員会の文書によると、同地域にある通常兵器の不発弾が危険すぎて、劣化ウラン弾はたった56発が回収されたに過ぎず、残りの劣化ウラン弾回収作業は8月まで延期されたということだ。劣化ウラン弾は今も多くの兵役経験者を苦しめている「湾岸戦争症候群」と関連があるとされ、すでに異常に高いガン発生率を示しているビエケス住民の健康に対してさらに深刻な脅威をもたらしている。

「ビエケスの救援と発展のための委員会(Comite' Pro Rescate y Desarrollo de Vieques-CPRDV)」は、プエルト・リコの各大学や国際組織の専門家の援助を受けて、米海軍から解放されたビエケスの未来に向けた社会的、経済的発展のビジョンを打ち出しはじめている。われわれの委員会は海軍から救出された土地をビエケス島住民の手に確保するために土地信託をつくることを推奨している。また、私たち自身の資源を運用出来るようにビエケスの地域住民を適切に教育訓練する継続的なプログラムを策定することを推奨している。私たち自身の資源とは、ホテル、レストラン、農業事業計画、小規模工場、研究事業計画、環境関連事業計画などを含むが、これらに限られるものではない。その目的はビエケス住民自身にによるビエケス島の持続可能な発展を確かなものにすることである。それはビエケス住民と、この美しい島を訪れるすべての人々との共通の利益となるであろう。

プエルト・リコ法律家協会と、プエルト・リコや合衆国の社会・経済発展の分野の専門家の助力を得て、われわれの委員会は、戦争ではなく平和と正義に基礎を置いた新たな社会経済秩序を構築するための地域住民の苦闘を援助するために、学際的技術チームの形成にむけて調整を図っている。高名な建築家、都市計画の専門家、経済学者、社会学者を含む専門家グループが最近CPRDVのメンバーと会談し、正式に技術チームを発足させることが決まった。

CPRDVは、ビエケスにおけるすべての合衆国軍隊の活動を終了させ、島の持続可能な発展を推進することを目的とする無党派、草の根の組織である。ビエケスのすべての政治的潮流に属する地域、市民リーダーたちが1993年にこの委員会を創設した。CPRDVは漁民や、近年結成されたビエケスの女性と青年の組織など、ビエケス社会のさまざまな分野の人々と協力する。

ビエケスの人民はこの歴史的な転回点にあって、あなたの支援を求めている。環境問題に取り組む組織、キリスト教会、平和運動、労働組合などの組織や個人が職場、学校、地域、宗教上の会合でビエケスの問題を取り上げ、連帯を示されることをお願いする。「侵された楽園」、ビエケスが平和と正義の道を歩んで21世紀に向かうことを援助してほしい。

この運動への募金は、CPRDV at Box 1424, Vieques, PR 00765にお願いします。