チェリーズ・ストーリー
チェリーズ・アルバム
火曜日の朝だったかな?そろそろ風が強くなって来て雨もばらつき始めた頃、チェリー、家族全員引き連れて二階のベランダで雨宿りしてる。いつもは御飯食べに来てもお腹ふくれたらそそくさと帰って行ったものだ。猫には来るべき台風の規模とかわかるのかもね、心なしか不安そうな表情に見えたので、「SOS!」のサインと見なして、家族まとめて家に入れた。「向こうから頼まれたんだからしょうがないや」って、僕も言い訳を探していたわけさ!猫達が心配というより、これから十何時間続くかもしれない暴風の中、子猫の悲鳴やそれを探す母猫の絶叫が風まじりに聞こえたような気がして表に出てみる、みたいなストレスフルな時間を過ごしたくない、枕を高くして眠りたかったからだ。
チェリー一家を紹介しよう。おなじみチェリーは三毛の母親、黒と白の境目が顔の真ん中を斜めに横切ってそれが何か人を食ったような印象を与える。高橋留美子のマンガに出てくるコタツネコみたいな顔だが、性格はもう少し複雑そうだから、チェリーって名前にした。チェリーってのは同じマンガに出てくる嫌味な坊主なんだよ。
一回目の出産で生まれた子供は、当初三匹いたと思うが生き延びたのは二匹で、まず、チェリビーってチェリーのベィビーだからって安易な命名だが、男の子、しっぽが茶の虎縞でそれ以外は真っ白、ところが顔を見ると、まるで平安時代の美人画みたいに、額のところに指で押し付けたみたいな茶色の「紋」が一対、なんともコミカルな印象を与えてしまっている。それともう一つ、右目が青で左目が黄色。ママも他の兄弟もみんな黄色なのにね。
二番目がショーコちゃん、アメリカン・ショートヘアみたいな毛色だったからこんな名前になった。
私、今家の中には21頭の猫がおり、ベランダに餌を食べに来る通算十数匹の「常連さん」にも「名前」を付けて来たが、命名に関してはほぼ「達人」の域に達したのでは、と自負している。
医療や衛生学、栄養学が格段に進歩し、乳幼児死亡率が、少なくとも先進国では激減した今日、少子化時代の親たちは、「かけがえなきもの」として、生き延びることがほぼ確実に保障されたその子供に、「期待」のたっぷりつまった名を付ける。
避妊技術がないに等しく、もちろん女性の権利が蔑ろにされていた時代には、もうこれ以上生まれるなっ!て気持ちを込めて「トメ」とか「捨吉」とかって名前付けてたんです。そのある種のクールさに倣って、私は猫を拾う度、なるべく「思い」ってなものが前面にでないように、少しコミカルでちゃんと「笑いがとれる」命名を心掛けて来た。
ある文化人類学者の報告によると、遊牧民の羊飼いは、150頭の羊を識別すると言う。へぇー?僕もそのくらいならきっと、いける!
それはさておき、この子たち、チェリビーとショーコちゃんが生まれたのは多分四月頃、チェリーがうちの通い猫になったのはもっとずっと前、みるみるおなかが大きくなって来て食欲が増え始める。妊娠授乳期の食欲は半端ではない。餌を出しておくお皿はあっという間に空っぽになって、一日何度もやって来てはあからさまに要求するの、「ミャー!」とか言って。朝起き出してベランダに出ると、物音をききつけて路地の向こうからタッタッタッタッ、と駆けてくる、その様が愛らしくて、よっしゃ!この子育て、応援したろやないか!という気にもなる。やがておなかのラインがすっきりして、あ、生まれたんだなってわかる。それから一月くらいすると、その頃合いがなかなか難しいんだが、子猫が固形物を食べられるようになるからなんだろう、「テイクアウト」を要求するようになるんだ。いつものキャットフード、食べ終わっても立ち去らない。何か出てくるの待ってんだな。うちはコンビニじゃないから、なんでも出てくるわけじゃない。「うつ」で摂食障害のベジタリアンの冷蔵庫には用意しておかない限り何もない。猫が口にくわえて持ち運びができ、かつ栄養価が高く子猫の健康にもよいもの。にわとりさんには本当に申し訳ないけど、ササミに勝るものはないのね。「筋なし」とかの高級なのは買えない、3パックまとめ買いで1000円、100グラム当たりにして100円を切るくらいのがベスト。人間好みの濃い味付けは犬猫の肝臓に悪い。昆布だしだけで煮込む。母猫は他の猫や人間に子猫の隠し場所を知られるのを嫌う。ササミくわえてさっさと子供の元へ直行すればよいものを、今更「あら、私子供なんかいないわよ!このササミ、おいしそうだからいただこうかしら?」みたいな顔するの。途中で強そうなオス猫に出会い、ササミを奪われそうになると「いっそひと思いに」みたいに自分で食べてしまったりもする。決して安からぬササミが正しく子猫たちの元に届くか?私は屋上からチェリーの行方を目で追う。
だからね、この子達の身体はササミで出来ているようなもんなんだ。ニワトリさんと私に感謝しろ!やがて子猫たちがちょこまか動き回れるようになると、その頃にはもう歯も生えそろって固いドライフードも食べられるから、うちに連れてくるの。人間の子育てで言うなら「公園デビュー」ってやつですか?初めは階段の下で躊躇している。警戒するのはわかるけど僕が声をかけようとすると牙をむくの、やめてくれる?養育費の出資者、事実上の養父みたいなもんだぜ!などと言ってみても始まらんか?警戒心は野良が生き延びる第一条件だから。
最初は写真も撮らせてくれなかったんだよ。無邪気にじゃれあってる子猫たちに携帯カメラを向けようものなら、母チェリーがぬっと不機嫌な顔で割り込んでくる。「写真撮るなら事務所通してもらおか?」、みたいな。
野良猫に餌を出してるのは、ご近所に対して肩身が狭い。上等な餌をたっぷり出してるから生ゴミ掻き回したりするのは少ないと思うが、やっぱり庭や路地でうんこしちゃうからね。朝みなさんが出勤されるとき、踏ん付けたりしないように早起きして拾ったりはしてるんだけどね。野良猫の幸せは、ご近所との友好関係が一番決め手だと思う。よそ者、独り者、夜しか働かない、明らかにあやしい中年男、今更好感度もあったものではないが、猫達の福祉のためにと、にこやかな挨拶など心掛けてはいる。
つづく
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