台風の進路予測と「誤差伝播の法則」

台風の進路予測、ってあるでしょ?あの扇形みたいな絵。沖縄近辺の海域を通過する台風は、だいたい西北西から北北西あたりの進路を取ると相場が決まっている。季節風や、地球の自転に伴うコリオリ力とか、理論的にはそんなもので説明ができるのだろうし、そんな説明がなくても、雲の動きや空気のにおい、といったもので、台風が来る来ないかを正確に言い当てることができる人だってたくさん、いる、あるいは、いたんだろう。それはともかく、今日の台風の進路予測には、過去の気象データの膨大な積み重ねとか、気象衛星から得られた現時点での大気の状態の分布とか、さまざまな精緻な資料が反映されているのだろうけれども、それにもかかわらず、あの程度の予測なら、実は誰にでもできてしまうじゃない?と思ったことはないですか?

予測図が、台風を「かなめ」の位置に置いた扇形をしているのは、進路の予測値に「幅」があること、「誤差」があることを表している。中心角が20度の扇形ならば、予測された特定の方向に対して、±10度ずつの誤差が存在している。予測すべき時刻が、先のことになればなるほど、扇の開きが大きくなっていくのは、「誤差伝播の法則」と呼ばれる一般則によって説明できる。

相互に独立な事象が立て続けにn回発生する確率は、その事象が1回生じる確率のn乗になることは、確率の「乗法定理」として知られている。

ある物事を予測するとき、その予測には常にある程度の「不確かさ」が伴う。不確かな予測に基づいて、次の段階の予測をすれば、その「不確かさ」の幅はさらに広がる。同じ「不確かさ」の幅を持った予測を立て続けにn回行えば、トータルの「不確かさ」の幅は、n倍になるという事実は、次の「二項定理」の式で説明できる。

(1±h)2=1±2h+h2

ここで、hを、予測値に対する「不確かさ」の幅の割合とする。1回の予測でhだけの不確かさを持つ予測を同じように2回繰り返せば、上の式の第2項以下が、2回の予測の不確かさの幅の割合を表すことになる。不確かさは通常それほど大きくなく、予測値の1割以内だとしよう。そうすると右辺第3項は、1割の2乗すなわち0.01より小さな値となるから、「無視」して差し支えない。

(1±h)2=1±2h+h2≒1±2h
こうして、2回の予測によってその「不確かさ」の幅は2倍に広がることがわかった。
同様にして、3回ならば3倍、
(1±h)3=1±3h+3h2±h3≒1±3h
n回ならばn倍、
(1±h)n≒1±nh
と、「不確かさ」、「誤差」は、広がっていく。

先ほどの台風の進路予測の例に戻ろう。たとえば、3時間毎の台風の進行方向を予測によって割り出す場合を考えよう。1回の予測の「不確かさ」の幅が±10度であれば、これを18回積み重ねればその「不確かさ」は、上で示した「誤差伝播」の理屈により、±180度に達し、つまり、54時間後の台風の進行方向は、東西南北どこであるか「まったくわからない」という事態に至るのだ。
あなたが、先の模擬テストで60点を取ったとしよう。前回のテストでは55点だったから、「上り調子」にある。このままの「調子」で、すなわち一番シンプルな1次関数になぞらえれば、あと8回テストを受ければ100点になる道理だ。まさかそうは問屋がおろさないから、少し「不確かさ」をインプットしてみる。±10点の「不確かさ」があるとして、次回のテストは、55〜75、その次は50〜90、その次は45〜105・・・、こんな「予測」してもらってうれしいですか?少しでも勉強したのなら、45点くらいは取れるだろう。うまくしたら100点取れるかもしれない。そんなの、何の「データ」がなくても言える。

もちろん天下の模擬テスト会社や気象協会が、こんな幼稚な予測をしているわけはない。しかし、どんな精緻な数理統計モデルをもってしても、「誤差」が伝播すること、「不確かさ」が蓄積し、やがてその幅が飽和して、予測そのものが無意味になる地点が存在する事実は消せない。

だったらどうして、世の中では、あんな大掛かりな設備やお金をかけて、「予測」に一喜一憂するシステムが作られてるんだろう。 それは、多分、こうゆうことだ。
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